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ポッドキャストはラジオの代わりにはならない

ポッドキャスティングという技術は情報共有とライフログのためにこそある。



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いま仕事中のBGMとして、Club 977の80年代チャンネルを聴いています。

いつもはモーリー・ロバートソンや、モダシンRadio Showや、Going My Way Radioなどのポッドキャスト番組を聴くのですが、ため込んでいた配信分を全て聴き終えてしまったのです。

実はそれがこの話の肝。

ラジオは四六時中なにかの音を垂れ流してくれるのですが、ポッドキャスティングはそうはいきません。

昔勤めていた会社では、朝から終業までずっとNACK5を流してました。金曜になると小林克也がファンキーフライデー!と叫びながら、朝から夕方まで喋りっ放しです。

ポッドキャストというのはそれが出来ないのですよね。既存の配信分を聴き終えたらおしまい。

「Podcasting」というのが出始めた頃は、「iPodでもラジオ的な番組を聴くことが出来る」というのが最大の特徴であったと思います。

ところが純正のFMチューナー付きリモコンなんてものも登場して、「本物のラジオ」が聴けるようになってしまいました。

それを踏まえて今一度ポッドキャストの意義を自分なりに考えた結果を、以下に列挙します。

オンデマンドである

これは電波によるラジオ放送には無い点ですね。RSSに記述がある以上は、基本的に聴き逃すことがありません。

所有が容易

わざわざ録音・録画する必要が無いです。そもそも所有(ダウンロード)しなければ鑑賞できない仕組み。DRMと組合せられれば、PPV番組と似たようなことも可能です。

配信時点で既にデータベース化されている

これって最大の利点ではないでしょうか。ブログを利用して配信する場合は特にその色が濃いですね。

以上。前にも似たようなことを何度も書いてる気もしますがw

ラジオ(やテレビ)に比べて見劣りしてしまうのは、同じような事をやろうとするからでしょうね。

いつでもデータベースから引き出せて、必要なら持ち歩くことも簡単に出来る。そんな特色を活かしたポッドキャスト番組が今後は増えてくるのではないでしょうか。

また、番組という見方ではなく、情報共有という点で活用するのも良いでしょうね。例えば遠方の友人や家族とのビデオアルバムの共有など。

さらにそれを拡張させた考え方として、ライフログとしての動画・音声というものがあっても良いのではと、昔から考えています。

次のエントリーでは、そのライフログについて考えてみたいと思います。
[w]ウェブログからライフログへ

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投稿者 ジェット☆ダイスケ : 2006年6月13日 00:55

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